テーマ:土佐勤皇党

歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史6

歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史6 武市瑞山(半平太)年譜  慶應元年(1865年)閏5月11日まで。 以降、土佐勤皇党殉難史。 ◆元治元年(1864年)  36歳 ●この月(*9月)上旬 瑞山、薩摩・長州の両藩士との密約、 本間精一郎の殺殺、井上佐一郎の絞殺、 坂本瀬平の殺害などの諸件に関し、 糺問…
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歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史5

歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史5 武市瑞山(半平太)年譜    元治元年9月上旬まで ◆元治元年(1864年)  36歳 *この年、2月20日 元治に改元される。 *2月16日 安岡嘉助 正定(やすおか かすけ) 亡くなる。 土佐勤王党・盟約書、…
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歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史4

歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史4 武市瑞山(半平太)年譜    文久3年12月末日まで ◆文久3年(1863年)  35歳 ●1月1日 同志十余人、京都の儒者・山中静逸を迎え、 平井収次郎の寓居に新年の宴を開く。 韻を分かち、詩を賦し、歌を詠じる。 (*山中静逸については、…
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歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史3

歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史3 武市瑞山(半平太)年譜    文久2年12月末日まで ◆文久2年(1862年)  34歳 ●9月1日 中山忠能の臣下・大口 出雲守、瑞山を訪ね、 本間精一郎を殺害した者は、何人なのかを問う。 ●9月8日 大口出雲守、平井収二郎の仮の住ま…
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歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史2

歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史2 武市瑞山(半平太)年譜  文久2年、閏8月30日まで ◆文久2年(1862年)  34歳 ●1月上旬 (*瑞山、)坂本龍馬に書を託し、 萩に久坂玄瑞らを訪ねさせる。 久坂玄瑞、書を瑞山に復し、長州藩の現状を 告げる。 ●1月上旬 瑞山、実弟・田内衛吉を江戸に遣…
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歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史1

歴史の流れ 武市瑞山・土佐勤皇党殉難史1 武市瑞山(半平太)年譜           文久元年 12月末日まで 本稿は、「武市瑞山関係文書」全2巻 (1916) に収載の年表と「維新土佐勤王史」(1912)を 底本とし、これを、あくまで趣味的に時系列で、 ひも解いていきます。 ●は、武市瑞山関係の記述。  (…
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