京都の夏は祇園祭・祇園祭の光景と歴史(2016年以降)30 鈴鹿山(リニュアル)

京都の夏は祇園祭・祇園祭の光景と歴史(2016年以降)30 鈴鹿山(リニュアル)

駒札について。
祇園祭・山や鉾の駒札は、山鉾巡行時のみ掲示される場合があり、この折でないと見られないものもあります。
本篇は、この駒札を基軸に掲載し、現在の状況に適応しない箇所などは、補足と共に(*)で、付記しました。
【】付記については、公益財団法人 祇園祭山鉾連合会の記事などを参照しました。
 また、ルビについては、できるだけ、原文ママ、にしました。
(以降、継続)

●鈴鹿山 (すずかやま)

宵山の光景(2016年)
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駒札によると・・
鈴鹿権現(すずかごんげん)【1】をまつる。
【1】鈴鹿権現
権現とは、日本の神の神号の一つで、仏・菩薩が人々を救うため、仮の 姿をとって現れること。
東海道の難所である伊勢国(いせのくに)鈴鹿山で道ゆく人々を苦しめた悪鬼を退治し鈴鹿権現(瀬織津姫尊(せおりつひめのかみ))を、金の烏帽子(えぼし)をかぶり、手に大長刀を持つ女人の姿であらわす。
それ故か、鈴鹿御前、鈴鹿姫、立烏帽子(たてえぼし)とも。
鈴鹿御前については、室町時代の紀行文・耕雲紀行や田村の草子に登場、当然、伝説上の人物で女性である。
室町時代以降の伝承は、その殆どが坂上 田村麻呂(さかのうえの たむらまろ)
と関連するも、その描写は、女盗賊、天女、木鋤と様々である。
立烏帽子と云われる際は、女盗賊の場合が多い。
ちなみに、現代でも鈴鹿御前は鈴鹿山脈の鈴鹿権現(山を神格化、女神化)として祀られている。
これより先の人物の解明・・興味深いです。

山洞には鬼首を示す赭熊(しゃぐま)を掛け、この山に限って松には鈴鹿関(すずかのせき)をあらわす山・木立・鳥居の裏面に宝珠(ほうじゅ)を描いた絵馬がつけられ、盗難除けの護符(ごふ)として珍重される。

前懸は平成元年新調の「黄砂の道」と称する駱駝(らくだ)の図綴織(つづれおり。胴懸(どうかけ)は平成11年新調の「桜図」と平成13年新調の「紅葉図」で、共に今井俊満(としみつ)【2】原画の綴織。
【2】今井俊満
洋画家。戦後、パリで新抽象の旗手として脚光を浴び、日本とパリを拠点に活動した。
平成14年、歿。

見送(みおくり)は文化13年(1816)購入の中国明代の雲龍文様、天啓2年(1622)の年記を持つ紺紙金泥文字、明治35年製作の牡丹鳳凰文様総刺繍を伝えるが、昭和57年より皆川月華(みながわげっか)【3】作の染彩ハワイの蘭花を用いる。
【3】皆川月華
京都生まれの昭和期の染色家。
友禅の染色を安田翠仙に、日本画を都路華香に学ぶ。
染色工芸の草分け的存在である。昭和62年、歿。

欄縁(らんぶち)金具は山鹿清華(やまが せいか)【4】下絵の四季花鳥文様、旧胴懸の中国清朝の綴織は百仙人襤褸錦(ひゃくせんにん つづれにしき)、屏風綴幔幕(びょうぶつづれ まんまく)と呼ばれ大切に保存されている。
【4】山鹿清華
本名、健吉、京都府生まれの近代染色の創始者。
昭和49年、勲二等瑞宝章。

         京都市
            と、ある。

鈴鹿山維持会の説明板
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また、鈴鹿山維持会の説明板によると・・
鈴鹿山は鈴鹿権現(すずかごんげん)即ち瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)が伊勢国鈴鹿山で道行く人々を苦しめた悪鬼を退治した
という故事に取材したもので、応仁の乱以前より今日も尚、場之町(ばのちょう)(烏丸通三条上る)が祇園會山鉾巡行に出す山である。
鈴鹿権現の御神体は山鉾で唯一つ、等身大の人形で、お顔に御神面をつけ、金立烏帽子
(きんたてえぼし)を被り、雲龍紋白小袖(うんりゅうもんしろこそで)に緋大口(ひのおおぐち)、紫地立湧金襴(くらさきじたてわくきんらん)を肩脱ぎに着し、太刀(たち)を佩き、右手に中啓、左手に大長刀(おおなぎなた)を持つ女人の姿で現されている。
山洞(やまほら)には退治された鬼首をあらわす赭熊(しゃぐま)が懸けられ、この山に限って真松(しんまつ)には鈴鹿関(すずかのせき)を表す「山に木立と鳥居」、裏面に宝珠を描いた絵馬(えま)が付けられ、巡行後、盗難除けの護符として珍重される。
宵山には雷除安産(らいよけあんざん)の鈴鹿御神影符が厄除粽とともに授与される。
   財団法人 鈴鹿山維持会
           と、ある。

巡行の様子(2016年)
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前懸は、平成元年新調の「黄砂の道」と称する駱駝(らくだ)の図綴織。

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鈴鹿権現(瀬織津姫尊(せおりつひめのかみ))。
金の烏帽子をかぶり、手に大長刀を持つ女人の姿であらわしている。
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胴懸は、平成11年新調の「桜図」。
今井俊満氏の原画の綴織。
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巡行の様子(2016年)
見送は、昭和57年より使用の皆川月華作の染彩ハワイの蘭花。
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巡行の様子(2018年)
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巡行の様子(2019年)
鈴鹿山(すずかやま)
伊勢国 鈴鹿山で道行く人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現(ごんげん)を、金の烏帽子をかぶり手に大長刀をもつ女人の姿であらわしている。
(無料配布・京都市観光協会・説明文、より)
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【付録】
京のまつり研究会設立10周年記念  京・まつり展.
2016年7月20日(水)~7月24日(日)(入場無料・フラッシュ不可・撮影可)
於・京都文化博物館 より
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○祇園祭山鉾34基の細密画(*より・鈴鹿山)
この細密画は、大船鉾・鷹山の一部を除き、故 松田 元が10数年にわたって書く山鉾町を取材され、各山鉾の姿を精密に描いた昭和56年以前の細密画である。
これら山鉾の前掛、胴掛などの装飾品が、その後新調され、現在の山鉾と差異が生じているものもあるが、当時の山鉾の記録としては、貴重な史料である。
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以降、今後も継続の予定です。



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