テーマ:幕末維新

京都史蹟散策106 京都霊山護国神社 探訪3 松林飯山の碑

京都史蹟散策106 京都霊山護国神社 探訪3 松林飯山の碑 松林簾之助(れんのすけ) こと 松林飯山(はんざん)の碑 京都霊山護国神社 (きょうと りょうぜん ごこくじんじゃ) 【交通】市バス・東山安井 【位置】京都霊山護国神社 最上段・木戸孝允の墓碑の左側にある。 案内図 松林飯山(はんざん) …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む26 跋(ばつ・後記)の意訳

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む26  ●跋(ばつ・後記)の意訳 本文、旧字を改め、送り仮名のカタカナを 読みやすく、平仮名に変換し、句読点も いれました。 一部、 難解な語句がありますので、 ご了承ください。 (意訳) 世の維新元勲を論じるもの、 身分のある人(搢紳)においては、 三條実美公を以…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む25 第35章 錦袴の夢、第36章 鎮護万年

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む25 第35章 錦袴の夢 第36章 鎮護万年 ●第35章 錦袴の夢 晋作の性行の一面において、駄目だということを 言わず、何でもやって見せるという不屈不墝の 精神があったことを思い出さねばならない。 そして笑って困難と戦い、よく快活で、 よく明朗であったことから、彼…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む24 第34章 将星、隕ちる

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む24 第34章 将星、隕ちる ●第34章 将星、隕(お)ちる 万延元年(安政7年)正月23日、 晋作は年22歳で、藩士・井上平右衛門の三女、 名は雅を娶って妻とした。 雅、女、時に年16歳であった。 雅、女、20歳の元治元年(1864年)10月5日に 一男を挙げて、通称・梅之進…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

別掲・歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む23 第33章 娘子従軍「幻の 明石くに追表碑」

別掲・歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む23 第33章 娘子従軍(じょうし じゅうぐん) 防長の歴史の片隅、 萩の城東区・孝女・明石くに について。 「明石くに」の名の初出は、明治孝節録である。 明治孝節録(めいじ こうせつろく)は、 近藤 芳樹が、明治天皇の皇后・昭憲皇太后の 要請(内旨)により日本全国177件の孝行…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む23 第32章 四境役、第33章 娘子従軍

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む23 第32章 四境役(しきょうのえき) 第33章 娘子従軍(じょうし じゅうぐん) ●第33章 四境役(しきょうのえき) 5月27日、晋作は海軍御用掛を命じられ、 6月6日、海軍総督を命じられ、6月10日、 丙寅丸乗組で大島郡は出張を命じられ、翌日、 直ちに三田尻を発した。 これは…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む22 第31章 藩論統一

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む22 第31章 藩論統一 ●第31章 藩論統一 俗論党討伐の際、萩には正義の別派があって、 政局の推移に注視していた。 諸隊が敗退の萩軍を追って、篠目、佐々並、 西口の三口からは萩城に迫り、まさに萩城下が 兵火の巷になろうとするのを見て、弘法寺に 同志を会し、次いで東光寺に移って計画…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む21 第30章 内訌戦(含、討奸 檄文・戦書)

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む21 第30章 内訌戦(含、討奸 檄文・戦書) ●第30章 内訌戦(元治の内乱) 晋作の義挙に大きな衝動を受けた諸隊は、 今さらのように長府にじっとしていることが 恥ずかしくなり、一里踏み出せば、一里の忠義 であると云う晋作の主張に鑑み、12月17日、 奇兵、膺懲(ようちょう)、南園諸…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む20 第29章 雪中の義挙

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む20 第29章 雪中の義挙 ●第29章 雪中の義挙 望東尼からの「はなむけ」の旅衣で、 にわか町人の支度を整えた晋作は、 折から来合わせた瀬口三兵衛【141】を伴い、 ふらりと山荘を辞して田畝道を辿り、 博多に出て立ち寄った。 【141】瀬口三兵衛 瀬口三兵衛善和。福岡藩士。 慶…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む19 第28章 平尾山荘の秋

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む19 第28章 平尾山荘の秋 ●第28章 平尾山荘の秋 戦後、奇兵隊では赤禰が政務役に転任したので、 8月晦日から山縣(有朋)が総監を兼ねることに なったが、折から幕府の長州征伐が段々本調子に なって、30余藩の兵が長州に向かって進撃する ようになった。 これは恭順で事件を解決…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む18 第26章 怒号の声、第27章 講和談判

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む18 第26章 怒号の声 第27章 講和談判 ●第26章 怒号の声 文久3年5月に長州は、伊藤俊助、 志道(井上)聞多、井上彌吉、遠藤謹助、 山尾庸造の5人に欧州遊学を命じ、 5人は横浜から密かに英船・キロセッキ号に 乗って12日に出帆し、英国・ロンドンに着き、 5年間、航海術の修…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む17 第24章 動中の静、第25章 風雲急

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む17 第24章 動中の静 第25章 風雲急 ●第24章 動中の静 脱藩した晋作は、文久4年(1964年)2月2日、 大阪に着し、次いで密かに京都に入り、 久坂らとも会合したが、久坂らは君命によって (京都に)来ていたので、どうしても思い切った ことは出来ない。 ここは自分は亡命者な…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む16 第22章 奇兵隊、第23章 雪冤運動

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む16 第22章 奇兵隊 第23章 雪冤運動 ●第22章 奇兵隊 元来、長州の兵備は陸軍八組が萩にあり、 水軍二組が三田尻にあり、その兵数は村田清風、 羽賀台閲兵に集まる者、一万四千人であった。 しかるに晋作が云うように、門閥士族の子弟は 太平柔弱の積み重ねで、決して精鋭とは 云わ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む15 第21章 馬関攘夷

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む15 第21章 馬関攘夷 ●第21章 馬関攘夷 5月10日を以って攘夷を行え、と云う勅命が 下りて、一番本気に攘夷を行ったのは長州である。 いやいや、この勅命を奉じて攘夷を行った者は、 長州のみと言ってよいかと思う。 6月14日、英国船、一隻が大阪湾を通航した。 堺守衛の鳥取藩士がこ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む14 第19章 天子の命、第20章 西陲一布衣

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む14 第19章 天子の命 第20章 西陲一布衣(せいすい いちほい) ●第19章 天子の命 長州藩が京洛に於いて表向き朝廷のために奔走する ようになったのは、安政5年8月21日、 (毛利元就の七男元政[もとまさ]を祖とする) 右田毛利家の臣・甲田兵庫が、京都から密勅を 齋し、外夷が禁…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む13 第18章 蜂火を挙げる ◎付・御楯組と気節文章

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む13 第18章 蜂火を挙げる ◎付・御楯組と気節文章 ●第18章 蜂火を挙げる 笠間から帰って晋作がすることは、やはり、 攘夷の実行であったが、当時の攘夷論者の中味を みると、必ずしも一様ではなかった。 まず、幕府の軟弱外交を憤り、結果、攘夷論 を唱えると云うの一般的であった。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む12 第17章 入京と亡命

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む12 第17章 入京と亡命 ●第17章 入京と亡命 万延元年(1861年)11月5日(通説では6日)、 函館奉行 兼 外国奉行・堀 利凞【85】は、 書を老中・安藤信正に送って自害した。 【85】堀 利凞(としひろ) 旗本、幕臣。 通称は織部、織部正、省之…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む11 第16章 上海行き

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む11 第16章 上海行き ●第16章 上海行き 晋作に対して表面上極めて静かであった 文化元年の天下は、決して平静ではなかった。 前年の秋から一番甚だしく世間の物議を かもしたのは、老中・安藤信正【78】 の計画した降嫁問題、すなわち、皇妹・ 和宮親王がすでに有栖川宮家に御降嫁の結納…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む10 第15章 静中の動

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む10 第15章 静中の動 ●第15章 静中の動 文久元年(1861年) 3月11日、 藩公から沙汰があり、晋作は世子公の 小姓役を命じられた。 藩主・忠正公(毛利敬親)には実子がなく、 世子公は徳山藩からの養子で、初名・廣封、 また定廣、後の元徳公、すなわち、忠愛公 である。 忠…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む 9 第14章 東北遊歴 付・横井小楠を訪れる

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む9 第14章 東北遊歴 付・横井小楠を訪れる ●第14章 東北遊歴 付・「歴史の流れ・高杉晋作、横井小楠を訪れる」 江戸に再遊の晋作は、秋、8月28日まで、 いわゆる黙心読書を続けたが、この日、 飄然として江戸を去って東北遊歴の途に上った。 晋作は、試撃行日譜と云う題下のこの遊歴の跡を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む 8 第13章 東帆録

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む8 第13章 東帆録 ●第13章 東帆録(とうはんろく) 晋作二度目の明倫館入学の目的に航海術の 修業があり、やがて、軍艦・丙辰丸 (へいしんまる)に乗り込む関係上、多少、 毛利氏の水軍、すなわち、防長海軍の由来 について、これを明らかにする必要がある。 毛利氏は三百諸侯の中、終始海…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む7 第12章 江戸遊学

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む 7 第12章 江戸遊学 ●第12章 江戸遊学 晋作の江戸遊学は、元は大いに松陰の尽力に よるところがあった。 それは、その年の夏、7月5日のことである。 晋作は、松陰に机前に坐して天下の形勢を議論 したが、年、すでに20才にして、まだ二州の 他に足を踏み出したことがないのを遺憾とす…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む 6 第11章 村塾の晋作

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む6 第11章 村塾の晋作 ●第11章 村塾の晋作 晋作が松下村塾に学ぶことになったのは、 安政4年(1857年)で、晋作19歳、 松陰は、28歳の時であった。 遺憾なことに、まだその日は不明であるが、 この年の2月には、晋作が明倫館に入り、 入舎生となったことは、先に述べた通りである…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む 5  第9章 明倫館に入る、第10章 時勢の風雲

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む5 第9章 明倫館に入る、第10章 時勢の風雲 ●第9章 明倫館に入る 安政4年(1857年)春を迎えて19才となった 晋作は、2月14日から藩学・明倫館に入り、 文武の学業を修めることになった。 これから後、晋作の明倫館在学については、 多少の中断がある。 まず最初に入学すると、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む 4  第7章 当時の防長、第8章 忠涙下る

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む4 第7章 当時の防長、第8章 忠涙下る ●第7章 当時の防長 これより先、長州では天保2年 (1831年・松陰2歳の時)の秋、 非常に凶作で、物価高騰し、士民は蜂起して 事態は容易ならざるものがあった。 時の長州藩公は、邦憲公 (11代藩主・斉元・なりもと)であったが、 世子・崇…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む 3 第5章 孝行の晋作、第6章 初期の学習

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む3 第5章 孝行の晋作、第6章 初期の学習 ●第5章 孝行の晋作 木戸孝允の、伊藤博文の母も賢母であったことは、 世の周知のことである。 斬首の見物に握り飯を、しっかり持たせてやった 晋作の母もまた、良妻賢母であった ことを見るに、晋作の庭訓と学習が、いかに 始まったかを考えなければ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む 2 第3章 晋作の幼時、第4章 幼時の友

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む2 第3章 晋作の幼時、第4章 幼時の友 ●第3章 晋作の幼時 城東区の江戸屋横町に古義真言派の法光院【8】 と云う寺があって、境内に金毘羅大権現社がある。 【8】法光院 大内時代に山口 大乗院がこの地に移転し、 萩 法光院となり、当時、藩主・毛利家の祈願寺 であったが、明治時代…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む 1 序・第1章 城東区、第2章 高杉の家

歴史の流れ・高杉晋作小伝を読む1 序・第1章 城東区、第2章 高杉の家 歴史の評価 現代、歴史上で評価されている幕末の偉人と云えども、 その存命中は、必ずしも評価されず、むしろ、 疎まれていたのも事実である。 確かに、幕藩制を支えにその生活を基盤にしていた 人々にとっては、その基盤を打ち壊して行こうとする 彼らの…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

京都史蹟散策98 坂本龍馬の伝・海南義烈伝

京都史蹟散策98 坂本龍馬の伝・海南義烈伝 漢詩・漢文の隆盛 『汗血千里駒』(かんけつせんりのこま)は、 明治16年1月から高知・自由民権派新聞・ 土陽新聞で連載された坂本龍馬を初めて主人公 にした坂崎紫瀾の「伝記小説」であることは、 周知のことである。 現在、文庫本でも出版されている。 だが、この5年前の明治1…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

京都史蹟散策・歴史の流れ 吉田松陰 没後事略

京都史蹟散策・歴史の流れ 吉田松陰 没後事略 没後事略  ●安政7年(1860年) 2月7日、 杉家で松陰百日祭りを行う。 前髪を団子巌・墓地に葬る。 門弟・知友、十余名、参拝する。 (安政7年(1860年)3月18日、 万延に改元となる。) ●万延元年(1860年) 閏3月13日、藩府、(松陰の父)百…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more